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2020年8月 6日 (木)

親の心親不知 ~親不知を抜く~

 親不知を抜いたのは10代の頃。
 記憶が曖昧ですが親不知が虫歯になったのがきっかけ。
 「親不知は抜いた方がいい」
 そういうことになりました。
 虫歯になったのをまず抜いて、それから残りの3本に取り掛かった。
 はず・・・。
 遠い記憶。
 同じ時期にしたのか、間を置いたのか。
 その辺も覚えていません。
 唯一覚えているのは4本目の抜歯は断ったこと。
 「もう抜かなくていい」と思いました。
 敗者はいずれ虫歯になるから今のうちの抜歯を進めました。
 でも断った。
 痛かったとか辛かったとかの記憶はありません。
 単純には医者に通うのが面倒になったからだと思います。
 その頃、一度は医者にかかると半年くらい拘束されていました。
 歯の治療が終わって、通院終了。
 そう思っていたら「ここも治した方がいい」
 ということで通院延長。
 それが続くというのが嫌でした。
 「しっかり磨くから」ということで断りました。
 それから数十年。
 今から10年くらい前、食事中に口の中に異物が。
 「む、異物混入?!」
 スーパー等でパンなどに異物混入事件が起きていた頃でした。
 遂に自分もそういうものを引き当ててしまったか・・・。
 異物を調べるとそれは歯。
 がび~ん。
 歯が折れた・・・。
 最後に残った親不知でした。
 結構まめに磨いていたのに・・・。
 どうしよう・・・。
 放って置くことにしました。
 しかし、根は残ったようで、その穴に食べ物が貯まります。
 不便でしょうがない。
 しかし10年近い月日が経ちました。
 先日、別な歯の詰め物が取れました。
 そこでは医者に。
 そしてこの親不知の処置もお願いすることに。
 詰め物が取れた歯の治療後に残った根ごと抜くことが決定。
 そして遂に長年の抜きました。
 抜けた歯を見せてもらうと意外と大きい。
 欠けて根が残ってるだけと思っていました。
 びっくりするほど大きかった。
 麻酔が切れてくるころから傷みがでました。
 麻酔を打たれたあたりからの傷み。
 抜いた歯の辺りはそんなでもなかった。
 10代の頃は傷みが出た記憶がない。
 若さの勝利か・・・。
 記憶の彼方に抹消されたか・・・。
 初日は血がなかなか止まりませんでした。
 化膿止めの抗生剤を服用。
 これは処方通りに3日間服用しました。
 痛み止めは初日のみ服用。
 なんとなく熱っぽい感じが続きました。
 この時期熱っぽいは心配です。
 しかし、歯医者から帰宅してすぐのこと。
 明らかに抜歯によるものなので安心・・・。
 つばを飲み込むのもつらい感じが3日ほど続きました。
 体はかなりのダメージを受けたようでした。
 痛みが取れるまでは1週間くらいかかるかね・・・。
 そういう覚悟をしました。
 やがて飲み込むのも楽になりました。
 痛みも徐々に引いて来た。
 抜いた「跡地」を下で触りました。
 お・・・。
 それまでは歯の根が植わっていたので平らな「土地」でした。
 それが無くなって斜め45度くらいの「傾斜地」になっていました。
 歯が抜けたことで口腔内が狭くなったということ?
 「跡地」に穴がなくなりました。
 傾斜地となりましたが、食べ物が底にたまることはなくなった。
 おお!
 これは嬉しい!
 この為にしたのですから。
 結局、気兼ねなく歯ブラシを当てられるようになったのは2週間後。
 全治2週間か。
 10代の頃はもっと早かった気がします。
 若かったから?
 記憶の詳細を忘れているから?
 その両方だと思います。
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 本日の自転車走行距離 104キロ
 
 今日であったねこ 1

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