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2014年10月18日 (土)

井土ヶ谷から磯子へ 1

 横浜に行ってきました。
 京急の井土ヶ谷駅から磯子駅まで歩く散歩。
 途中「通りたいポイント」をいくつか設定しました。
 井土ヶ谷は、私の小学校、中学校のある町の隣の駅です。
 行動範囲からちょっとだけ離れているところ。
 それでも、思い出はいっぱいあるところです。
 大岡川(「お」は三つ)のほとりに「田中鳥獣店」という店があります。
Imgp1706
 子供のころ、隣に住んでいたお兄ちゃんからその名をよく聞きました。
 そのお兄ちゃんの影響で私も小さな生き物が好きになりました。
 なんでもその「田中鳥獣店」に行けば、いろいろな生き物が手に入るとか。
 あこがれの店となりました。
 長らく場所はわかりませんでした。
 確か、その場所を知ったのは小学校高学年の時。
 「伝説」で「幻」のそのお店の所在を知って行ってみました。
 話を聞いたのは、1年生の頃でした。
 その時は趣味が変わっていたのか、想像と違ったのかもしれません。
 「面白い店」とは感じませんでした。
 そんな思い出のある店がまだやっていました。
 やっていてくれることがうれしかった。
 大岡川(「お」は三つ)を後にしてふと思い出しました。
 この辺りに「青木屋」という駄菓子屋がありました。
 中学生のころ友達に教えてもらって通うようになりました。
 その駄菓子屋がおもしろかったのは、「お菓子キープ」が出来たことです。
 常連になると、買ったお菓子を箱に入れてお店に置いておけます。
 大人の「ボトルキープ」みたいで「大人の気分」を感じさせてくれました。
 おじいさんとおばあさんがご夫婦でやっていました。
 確かおじいさんは戦争で足を痛めていたような記憶があります。
 もうお店はなく、辺りの様子も変わっていました。
 年齢からみて、お二人ももう他界されていることと思います。
 楽しい時を過ごさせてもらいました。
 鎌倉街道沿いにイレブンセブンがあります。
Imgp1710
 私が行った初めてのコンビニ。
 コンビニ自体が新しい形態の店として登場したころでした。
 友達と連れだって見に行ったのを覚えています。
 鎌倉街道を渡ったところに、もう一軒駄菓子屋がありました。
Imgp1711
 (お肉屋さんも昔からある。その隣が元駄菓子屋さん)
 この店は、わりに早くに閉店しました。
 屋号も覚えていません。
 そこで扱っているおもちゃに関心がありました。
 ゴムでできた蛇やトカゲのセットが売っていたのです。
 それが結構よく出来ていました。
 いい加減な造形でなく図鑑に出ている珍しい種類の生き物だったのです。
 それがほしくて、通いました。
 私は造形物が似ていることを評価の対象として重視します。
 そのきっかけや原点はここにあったのかもしれません。
 お店のお爺さんはいつも不機嫌で嫌いでした。
 小道を抜けて勝国寺というお寺のある方へ歩きました。
 この道は家に車がないころ、医者に行くときに母と妹で歩いた道です。
 件の駄菓子屋も、このとき眼に入って知ったのでしょう。
 途中にハトをたくさん飼っている家があります。
 詳細は分かりませんが、「伝書鳩」なにかなと想像していました。
 まだ、その家はありました。
Imgp1712
 変わらずハト小屋もあり。ハトがたくさんいました。
 変わらない風景がうれしい。
 きっとこの家の方は「田中鳥獣店」のお得意でしょう。
 勝国寺は裏の墓地から入りました。
Imgp1715
 子供のころ「探検」と称して友達と歩きまわりました。
Imgp1713
 その友達が墓地を通る時に「通らしてもらいます」と口にしていました。
 私もわからないまま真似をしました。
 友人は親から教わったのでしょう。
 墓地に対する敬意を遊びの中から学んだような気がしています。
 そこからみえる幼稚園が私の出た幼稚園です。
 今回の通過ポイントの一つ「聖美幼稚園」
 そこを後にしてさらに細い路地に入りました。
 私が家から市営地下鉄の駅に行くときに使っていた道です。
 今はありませんが、石を積んだ塀のある家がありました。
 父が自転車を買ってくれたことがありました。
 おそらく土曜の夕方だったと思います。
 途中まで「迎えに来い」という電話がありました。
 その待ち合わせ場所がその家のあったあたり。
 お地蔵さまがあるので、そこを目印にしたのでしょう。
 私はその石の塀に座って父が来るのを待っていました。
 父は私の自転車を押して帰ってきてくれました。
 今はその家はありません。
Imgp1716
 (今は別な家が建っています)
 でも、この体験はずっと心に残っています。
 岡村という所へ向かいました。
 途中、私の家があったあたりが見えるところがあります。
 「山がない!」
 家から50メートルほど離れたところに「山」と呼んでいる所がありました。
 「山」と言っても私の住んでいたところは丘の斜面。
 住んでいるところそのものが「山」でした。
 そこは空き地になっていて小さな林があったり、自然が豊かでした。
 だから「山」と呼んでいたのでしょう。
 子供のころ毎日のように遊びに行きました。
 いろんな生き物をとりました。
 人生のほぼ全ての基礎をここで学んだんじゃないでしょうか。
 住宅地の基礎工事が始まっていました。
Imgp1717
 土地を守っていた家は知っています。
 これまでも少しずつ狭くなっていました。
 完全に手放したということは、世代交代があったのでしょう。
 たくさんの思い出をありがとう。
 
 つづく。

 本日の自転車走行距離 27キロ

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 今日の間違いやすいさがし

 「伝書鳩」と「電車鳩」は、間違いやすい・
 
 

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