幸運の数は決まっているか
先週、合計880円のお金を拾いました。
同僚に「そんなことで運を使って・・・」と言われました。
小銭を拾うと、やがてそのお父さん、お母さんがお礼に来ると、斎藤一人さんの本だったかに書いてありました。
お父さん、お母さんとは、もっと高額なお金のことです。お札を拾うという意味では無いと思います。
お金、幸運を引き寄せるといことだと思います。
そのことを話すと、「お礼に来ない」と返されました。
来てるはずなんですけど・・・。
それよりも私が引っ掛かったのは、「運に限りがある」という発想でした。
ヤン・ウエンリーという人は、幸運の数が決まっていれば、その後の人生の計画が立て安くなるということを言っていました。
私は運の数なんて決まっていないと思います。決まっていたって数え切れるものではないです。
毎日、出かけて、事故にも逢わず、家に帰ってこられるというだけで、かなりの幸運です。毎日やっていますから、数に限りがあったら、とっくに使い果している所です。
「運の数が決まっている」と思って過ごすより、「決まって無い、限りなくある」と思っている方が健康的だし、「幸運」に巡り合える、「幸運だ」と感じることが増えて来ると思っています。
今回、同僚とはこの話をすることはできませんでしたが、機会を見つけて伝えようと思います。
「数が決まっている」と決めたら、本当に決まってしまいます。
それは損です。
本日の自転車走行距離 20キロ
今日であったねこ 2
斎藤一人
「運は使えば使うほど、増える!」
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